Ⅰ.くまもとアートポリス(KAP)とは


 

1. 発足

1987年、当時の細川護熙熊本県知事が、ベルリン国際建築展(IBA)の視察を契機に建築家磯崎新氏らと構想の上、1988年「くまもとアートポリス」の名称で熊本県の主体事業として発足し現在に至る。

2.基本理念

・熊本県下を舞台に豊かな自然や歴史、風土を生かしながら、後世に残り得る文化的資産としての優れた建造物を創造する。

・人々の都市文化、建築文化などへの関心を高め、地域の活性化に資する熊本独自の豊かな生活空間を創造する。

(くまもとアートポリス広報紙面より)

3.特色(プロジェクト事業)

・競争入札によらない、コミッショナー制度による参加プロジェクトへの設計者の推薦・選定。

・定評ある国内外の建築家の推薦や若手建築家の登用、コンペ等の実施。

・県土の全体計画をあえて作らずに、個々の建築、設計者に各プロジェクトを任せる。

・建築物の利用者や事業者との対話を通して、地域づくりや観光振興への貢献。

・点~線~面への連携と拡大により、熊本から日本、世界へ向けた建築・都市文化の発信。

4.事業の構成(システム)





 

Ⅱ.1988年~2012年の経過と主要作品


 

1.第1期 1988~1997年(10年間、58作品)

初代コミッショナー 磯崎新

「都市にデザインを、田園にアイデアを」。国内外の著名な建築家を起用して、最先端の建築を熊本に実現し、その文化的意義を問う。

1988  くまもとアートポリス発足

1991 くまもとアートポリス‘92選定既存建造物選定

1992 くまもとアートポリス建築展1992 開催

1993 日本建築学会文化賞を受賞

1995 第1回「くまもとアートポリス推進賞」創設

建築事業イメージアップ優秀賞 受賞

1996 くまもとアートポリス建築展1996開催



2. 第2期 1998年~2005年(7年間、15作品)

第2代コミッショナー 高橋靗一

バイスコミッショナー 伊東豊雄

「地域と対話、地球とネットワーク」。“私たちのまちづくり事業”など、地元や利用者の積極的な参加と対話を通して、建築の在り方を問う。

1999 わたしたちのまちづくり事業 創設

2000 対話型行政推進賞 受賞

くまもとアートポリス建築展2000 開催



3.第3期 2005~(7年目、15作品)

第3代コミッショナー 伊東豊雄

「学びつつ創る、創りつつ育む」。地域の人々と対話を続けながら、次代を担う若い建築家の育成と、新しい21世紀の建築を見つめる。

2006 くまもとアートポリス建築塾・市民大学を開始

2008 くまもとアートポリス建築展2008

2011 東北支援「みんなの家」プロジェクト


Ⅲ.事業データ


 

(1988~2012.3月末現在 KAP事務局資料より)

1.  プロジェクト事業

・参加プロジェクト総数   87作品(26市町村)

・参加プロジェクト受賞・入選数      86回

・参加建築家総数            124名

2.顕彰事業

・推進(選)賞受賞数    109作品(22市町村)

・選定既存建造物数                       46件

3.広報・人材育成事業

・海外巡回展(国際交流基金) 30カ国 (58都市)

・海外視察者            18カ国(252団体)

(KAP事務局対応分)                  4850名

・くまもとアートポリス建築展‘92~08 5回開催

・市民大学       不定期1~2回/年 開催

・建築塾        不定期1~2回/年 開催

 

Ⅳ.KAP 24年の成果と展望


 

1988年、わが国が未曾有の好景気にあった頃、くまもとアートポリス(KAP)は誕生し、以来現在まで24年間の活動を経て来た。地勢的には日本の周縁に当る熊本県の一事業がこのように定着して来たことは、極めて特異な事例ということができる。ここでは私見ながら、KAPに参加した建築家の一人として、その成果と今後の展望をまとめてみたい。 初めに、24年間の変化をプロジェクト事業数の推移で見ると、1期が58件、2期が15件、3期が現在まで15件であるが、1期については最初の5年間を前期(約40件)、その後を後期(約18件)と区分することができよう。全体を4期に整理すると、当初の5年間の建築が顕著で、その後のKAPの評価や印象を広く誘導したようにも思われる。

KAPの一般社会的な評価において、以前はいわゆる「デザインか機能か」という2項対立的な構図で、設計者側の恣意的なデザイン志向を批判する声も多かった。特に前述した草創期に、特異な建築物が短期間に県下に出現したインパクトは、地元の人々にとって非常に大きなものだったと思われる。その後プロジェクト数については、社会経済状況の変化に応じて減少傾向で推移して来たが、近年はその在り方や視点において、以下のような誠実で丁寧な活動が見られる。まず1つ目には、利用者や地域の人々とその建築が共に在るという積極的な対話姿勢である。人々に共感され喜びを与えるような建築の姿、ワークショップを踏まえた建築計画、更には市民大学やシンポジウム等の活動が2・3期を通して益々強くなっている。2つ目には、各々のプロジェクトへの木材や木造建築の推進がある。新しい建築の力を期待しながら、地域に即した素材や工法等の挑戦で、熊本の新しい地域性(固有性)を模索しつつあるように見える。3つ目には、公開コンペや建築塾等を通した若い人材の育成である。プロジェクトの新築時には、見学会場で多くの学生らが熱心に実物の建築を体験している姿を見ることができる。

一般に、その中に居る者より外部から見る者の方がその特性を捕え易い。4半世紀を過ぎても、県外や海外からのKAPに対する関心や評価は地元の想像以上に高く、熊本の貴重な資産と顔になっている。また近年では、地元でも新しい建築を身近な日常の風景として受容されてきているようにも感じるし、このことが24年の最も大きな成果と思える。



印象派の画家スーラの「グランドジャッド島の日曜日の午後」は、思い思いの人々が大勢登場しながら同じ世界を見つめた不思議な点描画である。各々が独立し、尊重された人やものどうしが、排他性に陥ることなく繋がり関係し合う世界。長い歴史と豊かな自然に恵まれた熊本の風土やそこに生活する人々と、今後更に積層さされていくであろうKAPのプロジェクトが、スーラの絵のような関係で、懐深く成熟していくことを期待したい。

(出典:図版、写真はくまもとアートポリス広報紙面より)

 

 

 

 

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