1.はじめに

学術研究機関を中心に発達または計画された都市を学術研究都市という。大学が主となる場合、「大学都市」「学園都市」、研究機関が加わる場合、「研究学園都市」 「学術研究都市」ともいう。このほか、「研究団地」「サイエンスシティ」「リサーチパーク」「アカデミックパーク」など、様々な呼称がある。地域が様々な特典を付与することで、企業を誘致することで、新たな産業と雇用が生まれ、税収が確保されることから、都市をあげて学術研究都市をつくる努力が世界各地でなされている。この報告では、世界の主な学術研究都市と、九州大学学術研究都市の目指す将来像と現在について概観する。

 

2.スタンフォードリサーチパークとシリコンバレー

1876年、鉄道で財をなしたリーランド・スタンフォードは、男女共学、非特定宗派のスタンフォード大学を西海岸に開設した。オルムステッドに依頼したキャンパス・マスタープランに従って、壮大なキャンパスが実現したが、大学に敷地を寄附する際に氏が付した条件によって、キャンパス用地を切り売りすることなく、研究教育施設、図書館、美術館、運動施設、ゴルフ場、学生と教職員に貸与する住宅地等を配備し、約3,000haのキャンパスを保ち続けている。スタンフォード大学電子工学の教授フレデリック・ターマンが、1939年に、2人の卒業生に起業するための資金を提供し、その会社の成長を大学からサポートした。後のヒューレット・パッカード社であり、やがて、サンマイクロシステムズやアップルなどのベンチャー企業が後を追いかけるようになる。大学の敷地内に1950年代に開発されたリサーチパークには150企業が立地し、周辺の101号線と280号線のふたつのハイウェイの沿道のサンマテオからサンノゼまでの10km×50kmにわたる細長い地域、シリコンバレーに多くの企業が集積している。

表1 シリコンバレーの発展




















1876年 スタンフォード大学創設
1939年 ヒューレット・パッカード社創設
1951年 スタンフォード・リサーチパーク開発
2010年 リサーチパーク280haに150 企業が立地

 

3.ケンブリッジ現象

ロンドンの北方120kmに位置するケンブリッジ大学(1209年創設)は、1969年に産業界との連携を強める方向を示したモット報告を契機として、トリニティカレッジが有していた土地65haにサイエンスパークを1970年に開設し、現在82社が立地する。1980年代になって、情報、医療、バイオ分野に企業・研究所が大学を中心とする半径30kmのエリア、シリコンフェンに企業が次々と立地するようになり、ケンブリッジ現象と呼ばれ、現在では、約1,400社が立地する。ケンブリッジ大学自体も2000年以降に市内から離れたグリーンベルトの敷地に研究施設や学生宿舎を建設している。

 

4.ルーバン・ラ・ヌーブ

ベルギーでは、オランダ語圏のルーベン市に15世紀に創設されたカソリック大学から分離するかたちで、ブリュッセル南のフランス語圏に、大学を中心にした新都市ルーバン・ラ・ヌーブが1968年に建設された。900haの広大なニュータウンの敷地は、大学350ha、サイエンスパーク150ha、緑地400haに区分され、夜間人口と昼間人口の比1:2、中間における学生と学生以外の人口比1:2を目標として進められた。現在、サイエンスパークには、135社が立地している。

表2 世界の主な学術研究都市


















○アメリカ合衆国の学術研究都市
シリコンバレー(カリフォルニア)、リサーチ・トライアングル・パーク(ノースカロライナ)、エレクトロニクスハイウェイ(マサチューセッツ)、エレクトロニクスベルト(フロリダ)、シリコンコースト(マイアミ)、リサーチインダストリアルパーク(ニューイングランド)、テックコースト(カリフォルニア)、シリコンデザート(アリゾナ)、シリコンプレーン(テキサス)、シリコンヒルズ(テキサス)、シリコンマウンテン(コロラド)、シリコンフォレスト(オレゴン)
○ヨーロッパの学術研究都市
シリコン・フェン(ケンブリッジ)、シリコングレン(スコットランド)、モンペリエ(フランス)、ボローニャ(イタリア)、イェーナ(ドイツ)、ハイデルベルク(ドイツ)、マールブルク(ドイツ)、ウプサラ(スウェーデン)、タンペレ(フィンランド)、オウル(フィンランド)、ルーバンラヌーブ(ベルギー)
○アジアの学術研究都市
筑波研究学園都市、関西文化学術研究都市、中関村科技園区、松江大学城、台湾新竹工業園区、セランゴール・サイエンスパーク(マレーシア)、バンガロール(インド)
○南米の学術研究都市:カンピーナス(ブラジル)
○中東の学術研究都市:イスラエル

 

5.筑波と関西の学術研究都市

日本では、筑波研究学園都市が最初の学術研究都市であった。1970年、筑波大学を核にして首都機能を分散する目的で研究学園地区約2,700haに国の研究機関等を移し、現在では、約300の企業が集積し、約20万人の人口を有する。つくばエクスプレスが開通し、沿線には柏の葉などの新たな大学都市が生まれている。

関西では、財界が主となって、1994年より京都、大阪、奈良にまたがる丘陵に関西文化学術研究都市づくりが進んでおり、同志社大学、奈良先端科学技術大学院大学等を核として約100社が立地している。

 

6.中関村科技園区

 中国では、1988年に北京市海淀区の23,200haを中関村科技園区に指定し、北京大学、清華大学等39大学を核にして、現在では約18,000企業が集積している。上海浦東新区張江高科技園区、蘇州国際科技園、寧波市科技園区等、中国各地に科技園区が生まれており、中国における産業の発展を牽引している。





7.九州大学学術研究都市

九州大学が福岡市西部に移転することを契機として、福岡県、福岡市、前原市*、志摩町*、二丈町*、九州山口経済連合会*(*:1998年当時。現在は糸島市、九州経済連合会)、九州大学、国の機関等によって1998年に協議会が結成された。この協議会によって2001年に学術研究都市構想を策定し、準備期間を経て、実行組織として2004年に財団法人九州大学学術研究都市推進機構が設置された。共生社会の実現、世界・アジアとの交流、創造性の発揮、新産業の展開を理念とし、大学の知的資源を活か

し、産学官の連携や企業・研究機関等の立地を促進し地域経済の活性化を図ることを目標に掲げ、(1)研究ステータスのあるまち(リーディング企業・研究所等の誘致)、(2)新しい芽が育つまち(新規地場企業・ベンチャー企業の進出促進)、(3)研究開発に便利なまち(魅力ある研究開発環境の整備)をまちづくりの基本方針として、広報活動、研究支援、交流支援、立地支援を行っている。構想の一次圏である糸島半島エリアは、2003年次点で人口15万人であったが、約200社の誘致と人口 5万人増を目指している。また、工業出荷額1,520億円、小売卸売販売額1,530億円の倍増を目指している。2012年までの約10年間に24社が立地しているが、さらに多くの企業の誘致が進むよう、関係者の努力が続けられている。

 

8.おわりに-九州大学伊都新キャンパスの現在

九州大学伊都新キャンパスへの移転は、これまで、工学系と六本松地区が移転し、伊都新キャンパスは九州大学で最大のキャンパスとなった。当初の計画の半分を実現しており、これから最終段階である第Ⅲステージに入る。今後、理学系、文系、農学系の順で移転を進め、2019年度の完了と伊都新キャンパスの完成を目指している。2012年度には、理学系研究教育棟、大学講堂、高等研究院等の建築設計、文系地区の地区基本設計、カーボンニュートラル国際研究所とインフラの整備等に取りかかっており、伊都新キャンパスの次のステップに向けた準備を進めている。さらに、九州大学箱崎地区の跡地利用ビジョン策定作業も始まり、都市の再生に向けた取り組みを続けている。

 

参考文献

1) 九州大学学術研究都市構想, 九州大学学術研究都市推進協議会, 2001

2) 財団法人九州大学学術研究都市推進機構ホームページ,

http://www.opack.jp/

3) 九州大学新キャンパス計画推進室ホームページ,

http://suisin.jimu.kyushu-u.ac.jp/

 

 

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